新型コロナウィルスで本当に怖いのは・・・?

新型コロナウィルスは確かに未知な部分が多々あります。
人間は未知なものに対しては恐怖を抱くように設定されるため、それは仕方がないことです。
でも、本当に怖いのはそこじゃないと。はじめから周囲にはそんな話をしていたんですが、

本当に怖いのは、

人の恐れの感情に由来する暴走

だと思います。

例えば、新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐには

①なるべく家にいる。
②そして、やむをえなく外に出る際はそれなりの対処をする。マスク手洗い等々・・・
 

スゴくシンプルじゃないですか!
 

それを守っていればかなりの安全は守られるわけです。

突然やってくる地震などの天災よりもずっと対処がラクだと思いませんか?

ところが、すごく怖いもののように思われている。

例えば、新型コロナめぐり農民がコウモリ火攻め、当局「敵ではない」ペルー

こういう騒動がありました。

情報が少ないので、不安が不安を呼び、集団でそれを抹殺する。
まるで魔女狩りと同じような状況です。
群集心理の恐ろしさです。
この群集心理の恐ろしさを表現したのが「ミスト」です。
お時間の有る方はぜひ、ご覧になると良いと思います。
余談ですが、こうなるように誰かが操っているとも考えられるんですよ(苦笑)

ま、今回はその話はまたの機会に。


それはいったいなぜ?と疑問を突き詰めていくと

実は恐れの原因は、コロナ自体ではないということがわかってきます。
 

私達が実は怖いと思っている根本・・・それは・・・

他人の目。

そう、もしもコロナに罹ったら他人からどう思われるかということです。

コロナに罹った人や、コロナに携わる方に対する周囲の偏見がそうさせているのです。

罹った方のことを悪く言う、その姿を間近に見ていると、自分がもし罹ったら、周囲から叩かれるんだと必然的に思うわけです。

そして、罹った方のことを悪く言うその根本的な原因は、この自粛を悪い方にしか考えられないことにあります。

悪い方にしか考えられないと
「こんなことになったのは、コロナに罹ったやつのせいだ!💢」

となります。

そうなると、コロナになった方々への攻撃が始まります。

 

心無い方は、

「そういえば、この前アイツはどこどこに行ったと言っていたな。こんな状況なのにそんなところへノコノコと行くのが悪いんだよ。こっちが感染ったらどうしてくれるんだよ。」

という思考になり、それを周囲に言ったりします。

ま、言いたくなる気持ちもわからないわけではないですけどね(苦笑)

こういう状況になると、お互いの行動を批判し合い、
コロナに関係した方々に対して偏見を生むことになります。
この状況こそがコロナが怖いと思っている根本だと私は思っています。

そして、この恐怖から自分が罹っていることを隠すこともあります。
そんなことになったら、誰が罹っているのかも検討もつきません。

人は「他人からよく思われたい」と願うのが基本スペックです。
誰だって嫌われたくはないのです。

それは人間が社会という集団という中で生きていくための人としての重要な性質です。

ところが、コロナに罹ったら社会から拒絶されるような姿を目の当たりにします。

客船で済んでいた時は、他人事。
対岸の火事だったので、
罹った方に対しては同情的でした。
 

ところが、いざ身近に迫ってくると
人は豹変していきます。

要するに生命の危機にさらされると、簡単に狂気に向かって走り出していくのです。

群集心理で狂気に発展していくことがあります。

簡単に言うと

赤信号みんなで渡ればこわくない。

ということで、同じ感情を共有する人が集まると、気が大きくなり、何をしても許されるという雰囲気になり、どんどんエスカレートし、凶暴化し、歯止めが効かなっていく傾向があります。

今回はそのようなことにならないように願うばかりです。

ぶっちゃけ言うと、怒りのハケ口をどこに向けるかわからないので、
罹った方に向ける、関係者に向ける、という程度の低い八つ当たりみたいなものもあったりします。

コロナに罹ってしまった方々は不謹慎かもしれませんが、あえてプラスに捉えるとファーストペンギン。

罹っていない私からしたら、先駆者でありがたいと思っています。

だって、自分の代わりに罹ってくれて身を持ってどんな状態なのか教えてくれているんですから。

そんなふうに考えられたら良いのになと思う次第です。

ですから、感染ったらその時はその時。
そこでまた失うものもあれば、同時に得るものも有るんだと思います。陰陽ですから(笑)

捉え方次第なのですが、
この状態はさまざまなことを教えてくれています。

今まで安全とされていたことが根本的から覆されています。

人間は社会という集団を形成して、物事を解決してきたわけですし、特に日本人は、個々よりも集団で何かをすることに長けています。

でも、今は集団を形成してはいけないという状況。
これは、集団を形成して物事を解決してきた我々にとってこれは一体何を意味しているのか?

「家族」という社会の最小単位で行動するということは、
人生において、生まれたばかりの赤ちゃんから幼稚園に入るくらいのときくらいしかないのです。

そこに引き戻されている。
 
家族から考え直しなさいと言われているような気がします。
 

そして、家族をさらに細分化すると「自分」という「個」になります。

今、この「個」の在り方がとても大切で

この「個」の在り方が集団という大きなものに影響を与える重要なカギだと思っています。
  

まさに「全は一、一は全」by 鋼の錬金術師
 

社会のあり方は私達の身体の細胞とそっくり、そして、宇宙の状態とも似ています。

その話はまた長くなるので、改めて。

要するにひとりひとりが冷静に今、自分ができることをする、そして、恐れの原因について向き合い、冷静に自分の内的コミュニケーションで対処していくことが重要なのかなと思います。

長文でしたが、最後までお読み下さりどうもありがとうございました。

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